【里見浩太朗 現在の病気・離婚した妻と再婚の嫁や息子】現在の家(自宅)の場所・拳銃密輸と所持の前科の過去も?
里見浩太朗(さとみこうたろう)さんでググると【里見浩太朗 病気】というワードが出てきます。
里見浩太朗さんは現在80歳を越えており、絶世期に頃に比べるとテレビでお姿を見る機会も少なくなっている印象を受けました。
現在何か病気を患ってるのか心配になったので調べてみました。
また、里見浩太朗さんの生い立ちや経歴~現在まで、前科や結婚、離婚、再婚、最初の妻(嫁)や、子供、息子の佐野圭亮さんとの関係、再婚した現在の妻(嫁)、現在の家(自宅)などを調べてみました。
【里見浩太朗 現在の病気・離婚した妻と再婚の嫁や息子】現在の家(自宅)の場所・拳銃密輸と所持の前科の過去も?
里見浩太郎 (さとみこうたろう)
本名:佐野邦
旧芸名:鏡 小五郎と富士川一夫
出生地: 東京市渋谷区道玄坂出身、 静岡県富士宮市育ち
生年月日: 1936年11月28日 (年齢 85歳)
身長: 173cm
学歴:静岡県立富士宮北高等学校卒
アルバム:ベスト16
両親:母親:佐野エツ、 父親:佐野亀一、兄:要、息子:佐野圭亮
所属:株式会社 里見プロモーション
里見浩太朗の家族(父親、母親)と生い立ち:経歴は?
里見浩太朗さんの父・亀一さんは19歳で志願して近衛兵となり、帝国陸軍の麹町憲兵隊に転属したのち、秋葉原のパン屋で働いていた静岡県松野村出身の木伏エツさんと結婚。
里見浩太朗さんが生後8か月のときに、盧溝橋事件により支那駐屯憲兵隊に臨時増加配属を命じられ、その年の9月に中国大陸山西省の小塞村(平型関の入り口)にて平型関の戦いで戦没しており、静岡県富士宮市にある母・エツさんの実家を頼った母子家庭で兄・要とともに育ちました。
その父の死に様は当時の新聞や軍内部の報告書で英雄として祀り上げられた。
当初は割腹自決と報じられたが、のちに同じ部隊にいた憲兵仲間から、負傷しながらも軍刀を抜き反撃しようとしたところを手榴弾を受けて亡くなったと報告があった。
「父の恩給だけでは生活が苦しかったため、母が縫い物の内職をして家計を支えてくれた。」
そうです。
戦後には、恩給が打ち切られてからは彼の母は古着の行商などで2人の息子を養っていたそうです。
里見浩太朗さんは子供時代あまり裕福な家庭環境ではなかったことがわかります。
なお、父方の佐野家は山梨県南部町井出にあり、初代の佐野光次は戦国時代に武田信虎に仕えた武将。
代々武田家の家臣として仕え、祖父・勝三郎の代には農業・林業のほかに塩の販売なども手掛け、村で一二を争う財産家だったそうです。
里見浩太朗 芸能活動のスタート~現在までの活躍
里見浩太朗さんは中学時代はテニス部所属、高校時代は音楽部に所属し、
高校卒業間近に『NHKのど自慢』に出場する機会があり、伊藤久男の代表曲「山のけむり」を熱唱し予選に合格されています。
後年、里見浩太朗さんはコンサートMC等で「この合格が芸能生活への原点である」と語っています。
ある意味こののど自慢大会が里見浩太朗さんのテレビデビューと言えそうですね。
静岡県立富士宮北高等学校卒業後上京。
最初は俳優業などではなく、築地の魚市場で仲卸を営んでいた叔父の会社に就職し働きながら歌手を目指したそうです。
努力の結果からレコードデビューが内定していましたが、仲買卸業の娘が悪戯で里見浩太朗さんを東映ニューフェイスに応募!!
そして、1956年第3期東映ニューフェイスに合格し、何事も経験が必要だと云われ東映へ入社します。
里見浩太朗さんの人生の転機がまさか職場の娘さんの悪戯だったのがすごいですね!
里見浩太朗さんと同じ同期には大川恵子さん・桜町弘子さん・大村文武さんらがいます。
鏡を見て現代劇の姿を写して見たり、ハンカチで、時代劇の羽二重を付けた様にして写して見たりして、考えた末、京都には社宅が完備されていたことから自ら希望して東映京都撮影所(以下、東映京都)専属となる。
翌年、『天狗街道』で俳優デビュー。
3本目の『天狗街道』で、大当たりした東映の映画『里見八犬伝』が縁起がいいとプロデューサーから里見浩太郎(1970年に現名に改名)という芸名に改名。
1958年、4本目の『金獅子紋ゆくところ』初主演。
その主題歌『金獅子紋道中唄』で念願だった歌手デビューが叶います。
映画では時代劇を中心に出演し、主演は子供向け作品が多かったそうです。
初期は美空ひばりや中村錦之助主演映画での助演や『十三人の刺客』では片岡千恵蔵を補佐する役を演じ、
時代劇以外では高倉健主演の任侠映画『侠客列伝』(1968年)、千葉真一主演のオールスターキャスト作品『日本暗殺秘録』(1969年)や、村田英雄・北島三郎ら主演の歌謡映画などにも出演しています。
現在は、80歳を越えたということもあり、次第にテレビでお姿を拝見する機会は減りましたが、
現在も里見浩太朗さんはお元気で、3年ほど前に始めた水彩画で今年個展を開催したり、自宅で妻が育てた紫陽花や、散歩に出かける公園で見かけた花を描いているそうです。
50代から始めたピアノを軽やかに弾きこなすなど、忙しい俳優時代とは違い、自分の好きなことをのんびりされている印象ですね。
里見浩太朗 現在は前科持ち?
俳優としても歌手としても大成功した里見浩太朗さんはなんと、1965年の拳銃所持事件を起こしています。
当時警察当局は大手暴力団の壊滅作戦(俗に言う第一次頂上作戦)を進めており、三代目山口組田岡一雄の周辺は多くの逮捕者が出ています。
これもその一環で芸能界に深いつながりのある山口組との関係に対する制裁の面が強かったそうです。
現に若き日の里見浩太朗さんにも多くの映画スターと並んだ田岡一雄との写真があったそうです。
里見浩太朗さんの容疑は1963年4月にハワイ旅行で故・山城新伍さんと共に、SW22口径コルトを購入、日本に持ち込んでいたことです。
山城さんの方は同年末に拳銃所持が発覚し検挙されて1964年の春には罰金刑を受けていたが、後に山城が持ち込んだ拳銃は山口組系暴力団組員へ売却され、山城自身が所持していた拳銃は里見浩太朗さんが持ち込んだ物を譲り受けた物と判明し、2人揃って起訴されました。
2月26日に京都地裁から拳銃密輸と所持により、懲役8か月(執行猶予3年)の判決を受け、山城さんは懲役10か月(執行猶予3年)の判決を受けたそうです。
他にも、里見浩太朗さんは2017年2月、60代男性が運転する軽トラックに、里見が運転する乗用車が接触する事故が発生したが、双方に怪我は無かったそうです。
里見浩太朗 離婚した妻と再婚の嫁や息子との現在
里見浩太朗さんには2度の結婚歴があります。
里見浩太朗さんは1966年3月に最初の結婚をしています。
翌年10月には長男・圭亮さんが誕生しましたが、テレビの仕事が順調に進む中、多忙によるすれちがいが原因で1974年に離婚されています。
息子である圭亮さんの親権は母親が持ち、圭亮さんは父親である里見浩太朗さんと別々で生活をすることになりますが、物心ついたときに父親の俳優としての偉大さを知り、俳優業に興味を持ち始め現在は俳優となっています。
佐野圭亮 (さのけいすけ)
生年月日: 1967年10月15日 (年齢 54歳)
出生地: 京都府 京都市
配偶者: おおたにまいこ (2006年から)
両親: 里見 浩太朗
身長: 167 cm
本名: 佐野 圭亮
里見浩太朗さんは最初息子である圭亮さんの芸能界入りに難色を示したそうですが、圭亮さんは地道に芸を磨き、里見浩太朗さんと族父(父の又従兄)の佐野浅夫が出演した作品である時代劇・水戸黄門にもゲスト出演するなど、現在も俳優業をされています。
里見浩太朗さんは離婚から2年後の、1976年10月に元レスリング選手・風間栄一(ベルリンオリンピック日本代表)の娘でパンアメリカン航空に勤務(客室乗務員を経て結婚時は地上勤務)していた現在の妻と再婚されています。
この現在の妻である再婚相手の方との間には子供はいません。
里見浩太朗さんの子供は圭亮さん1人だけです。
アメリカカリフォルニア州サンディエゴに別荘を持っており、『水戸黄門』などの撮影や舞台公演が終わると、オフタイムでは渡米し長期滞在することが多かったそうです。
自他共に認める下戸で、妻と共に食事した際に出された梅酒を一杯飲んだだけで悪酔いし、気分が悪くなる程で全く受け付けない。そういった事情から、自宅で役者仲間やスタッフらを招待しての(打ち上げなどの)宴会などでは、歌や接待につとめ進行役に専念していたそうです。
里見浩太朗 現在は病気はピストル血圧?
里見浩太朗さんは現在80歳を越えています。
絶世期の頃に比べたらテレビでお姿を見る機会も少なくなっているのと、
里見浩太朗さんで検索すると【里見浩太朗 病気】というワードが出てくるので、何か大病でも患っているのでは?
と不安になって調べてみると…YAHOO知恵袋で同じように不安に思っている方がいました。
2022/3/23 4:22
Q:最近になって俳優の里見浩太朗さんをめっきり見なくなりましたが彼は元気にされているのでしょうか?高齢の俳優やタレントさんなどしばらく見ないとテロップなどで死去のニュースが流れるのでとても心配です。
A:NHKやBSに出てましたよ。
A:御存命と思いますが 毎日ケーブルテレビで見させていただいておりますが
時代劇代好き人間です
しかし、現在もテレビで見る機会こそ少なくなりましたが、きちんと芸能活動は現役でされていることがわかりました。
しかし、里見浩太朗さんも80年以上という長い人生を送っておられるので、私生活でおおかれすくなかれ病気を患ったことはあるだろうと調べてみると、
里見浩太朗さんは私生活では多趣味多芸で、多忙を極めつつも絵画を描き、ゴルフも得意としています。
そして、2006年夏にゴルフのプレイ中に左耳に小さな昆虫が入り、その虫が耳奥で死に腐敗した影響で(気が付くのが遅れ)鼓膜が破れる事故が起き、2007年2月に鼓膜再生手術を受けています。
また、里見浩太朗さんは、自身の作品である水戸黄門について語りつづけ、血圧が上昇したり、
ピアノでマイ・ウェイを弾きスタッフから褒められて血圧が上がるなど、ちょっとしたことで血圧があがりやすいらしく、
医師により、喜び過ぎもピストル血圧の病気を指摘されています。
ピストル血圧とは感情の起伏が血圧を激しく変動させる病気です。
ゴルフでミスショットをして血圧が急上昇したり、
いつも血圧が急上昇するのはパットを打つ瞬間だそうで、
ピストル血圧を招く原因はメンタルや自分へのプレッシャーだそうです。
誰しもメンタルや自分のプレッシャーなどは少なからずあると思うので身近な病気とも言えます。
ピストル血圧が心筋梗塞や脳梗塞などで突然死を招く怖い病気なのでご高齢の里見浩太朗さんも心配ですね。
里見浩太朗 現在の病気に関してにツイッターでの声は?
知人とうちとも佐野家繋がり。遺伝的の病気が○○○だから同じ先祖から出ているのかもね。知人の母方の佐野家の法事に里見浩太朗さんの母親が来たみたいです。自分も祖母の先代に佐野家から婿養子が入っているから血を引いてます。分家にも佐野家から妻を娶っているから二重の繋がり。
— 吉祥如意 (@OmSrisvaha) July 6, 2022
徹子の部屋に出演の里見浩太朗さんですが、2019年11月に30年の大きな運の節目があります。この時期は今までの生き方を変えざるを得なくなることになります。2019年の後半は怪我、病気など要注意です。 #里見浩太朗 #徹子の部屋 https://t.co/YYnK3Ma8DI
— 誰でも簡単に本格運勢鑑定ができる★中心星四柱推命 (@cocopapa0612) March 25, 2019
赤木春恵さんの葬式の里見浩太朗さんの映像で、82歳の表示に動揺。時代劇よく見てたから、若い頃からのイメージ引きずったせいもあるかも。年齢に関係なく、好奇心旺盛で体力ある人は溌剌としてるし、若くても覇気なかったり病気で亡くなったりもあるし、年齢て本当に数字だね。
健康と好奇心、大事。— さなゑ (@sanaetzk) December 6, 2018
@kyojitsurekishi 石坂浩二は病気で水戸黄門を降板し、以前から里見浩太朗が候補に挙がっていたとはいえ、急遽、里見黄門のお出ましとなった。話の性質上、主役が年寄りでは、体調面などで連続時代劇の出演には無理があった。
2015.2.20.14:27tw— 虚実歴史・漢字論・ナツメロ (@kyojitsurekishi) February 20, 2015
時代劇の大御所である里見浩太朗もやっぱ年齢には勝てんね 殺陣にキレがなさすぎて刀の手入れを念入りにして強敵って感を出しても萎えたわ。例え病気で余命いくばくもなさそうでも、あんな感じは… 去年の桃太郎侍は違和感そんなになかったのになぁ…
— イケメンさま (@five_s_s_000) February 17, 2013
里見浩太朗病気かな
— くれは🪷 (@kureha1223) February 17, 2013
@o_keiichi 石坂浩二で最初に馴染めなかったのが、その急進的なところでした。史実に近いとか、斬新なアイデアが詰まっていたように思うんですけど、病気療養がもとで降板してしまい、最後の里見浩太朗でマンネリ時代に戻ってしまって、すっかり観る気をなくしてしまったのが残念です。
— ezomin (@ezomin) June 24, 2012
里見浩太朗 現在の家:自宅の場所は目黒区?
里見浩太朗さんの現在の家や自宅が気になりますね。
バブル時代には売れっ子俳優であったことから、かなりの豪華な自宅にお住まいになられていると思うのですが…
調べてみると、里見浩太朗さんが所属している自身の会社の所在地は、
住所 〒 152-0021 東京都目黒区東が丘2丁目13番28号 プラウド目黒東が丘 407号室
代表者 佐野邦俊
URL http://www.satomi-kohtaro.com/
となっており、東京の目黒区にあるそうです。
では、里見浩太朗さんの家も同じかきっと同じ目黒区にあるはず…と踏んだので、調べてみると、
現在の家の住所は明かされていませんが、事務所と同じ東京都目黒区の高級分譲マンションにお住まいだそうです。
まとめ
現在は、80歳を越えたということもあり、次第にテレビでお姿を拝見する機会は減りましたが、過去にはピストル血圧という病気を診断されたことがあります。
しかし、現在も里見浩太朗さんはお元気で、3年ほど前に始めた水彩画で今年個展を開催したり、自宅で妻が育てた紫陽花や、散歩に出かける公園で見かけた花を描いているそうです。
50代から始めたピアノを軽やかに弾きこなすなど、忙しい俳優時代とは違い、自分の好きなことをのんびりされている印象ですね。
これからもお元気なままで活躍される姿を見せてくれると思います。