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【世界ベストオブ映像ショー頂上リサーチ 6月19日】津川雅彦・朝丘雪路の長女誘拐事件とは?!まとめ

【世界ベストオブ映像ショー頂上リサーチ 6月19日】津川雅彦・朝丘雪路の長女誘拐事件とは?!まとめ

 

世界ベストオブ映像ショー頂上リサーチ

 

2016年6月19日放送の【世界ベストオブ映像ショー頂上リサーチ】では、国内・海外で現実に起こった事件事故、想定外の出来事などを取上げ、その真相に迫ります。
人は運命の選択を迫られた時にどんな決断をし、どうやって極限状態から脱出できたのかを検証します。

 

今回は6月19日の番組内で取り上げられた、

1974年に世間を騒がせた、津川雅彦・朝丘雪路の長女(真由子さん)が誘拐された事件の詳細を調べてまとめました。

 

津川雅彦

 

娘の命はもうあきらめた…

でも…

もう二度とこんな事件が起こらないようにしてほしい…

 

津川雅彦・朝丘雪路 長女誘拐事件
生後5ヶ月の愛娘を救え!絶対に間違えられない勇気ある決断
1974年、津川雅彦・朝丘雪路の長女が生後5ヶ月で自宅より誘拐されてしまう。犯人は偽名口座へ500万円という身代金の振り込みを要求。
キャッシュディスペンサーが普及し始めて間もない当時、銀行口座が身代金の受け渡しに利用された初めての事件となった。さらに、当時のオンラインシステムでは、取引を行ったCD機を瞬時に特定することが出来なかった。
果たして警察は、犯人逮捕に向けてどのような決断を下したのか!?そして、父・津川雅彦が下した決断!さらには、当時の銀行マンたちが下した決断と、一つとして絶対に間違えることのできない決断の連続。
徹底取材により、そこにあった関係者の苦悩と決断を再現します!

引用:世界ベストオブ映像ショー頂上リサーチ
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津川雅彦長女誘拐事件・詳細

 

津川雅彦長女誘拐事件は、1974年に起こった誘拐事件。誘拐された女児の両親が著名な俳優(津川雅彦と朝丘雪路)であったため、世間の注目を集めた事件です。

 

津川 雅彦

津川 雅彦(つがわ まさひこ)(76)

本名:加藤 雅彦(かとう まさひこ)

生年月日:1940年(昭和15年)1月2日

出身地:京都市中京区出身

所属:グランパパプロダクション(同社の代表取締役を務める)

俳優・評論家・映画監督

 

朝丘 雪路

朝丘 雪路(あさおか ゆきじ)(80)

本名:加藤 雪会(かとう ゆきえ)旧姓・勝田

生年月日:1935年7月23日

出身地:東京市京橋区築地

女優・タレント・歌手・元宝塚歌劇団月組娘役。

 

長女誘拐事件概要

 

1974年8月15日午前3時、東京都世田谷区の津川雅彦・朝丘雪路宅2階から長女・真由子(まゆこ・当時生後5ヶ月)が誘拐され、身代金400万円が要求される。

犯人は身代金を第一勧業銀行(現:みずほ銀行)の偽名口座に振り込むことを要求、津川は警察の指示に従い当日に150万円を指定の口座に振り込む。

当初、当時のオンラインシステムから得られる情報では取引の行われたCD機を特定できなかったため、警察は第一勧業銀行の全店舗に人員を配置し、取引発生の度に捜査員がATM周辺の顧客を包囲して犯人を捜すという大掛かりな作戦が展開された。しかし、これは本件の容疑者特定にはつながらなかった。
この間、第一勧銀事務センターのSEが、突貫作業でソフトウェアを書き換え、取引CD機が特定できるようにし、第一勧銀と子会社の常陽銀行のオンラインシステムが更新された。
この結果、8月16日正午、第一勧業銀行東京駅南口出張所のCD機から2000円、続いて29万円を引き出されたことが判明。張り込みの刑事が直ちに該当する男性の身柄を確保。男性が所有していた暗証番号とカード番号が一致したことを問い詰めると犯行を自供したため、同日午後5時に逮捕された。
犯人である23歳の男性は、当初、佐川満男・伊東ゆかり夫妻の長女を誘拐する予定だったが、住所がわからなかったため、津川夫妻の長女に変更した。

人質は犯人の家である千葉県我孫子市のアパートにおり、同日午後7時15分、41時間ぶりに発見され無事に保護された。
その後の捜査で、犯人は津川の家庭状況や自宅の住所・間取りなどの知識を週刊誌等で得ていたことが判明。裁判では犯人に懲役12年6ヶ月が確定した。
本事件は被害者が有名人の子供ということと、身代金の受け渡しに当時普及したばかりのCD機を利用したものだったことから世間の注目を集めた(人質だった長女は、成人後の1998年に女優としてデビューしている)。

その後の捜査で、犯人は津川の家庭状況や自宅の住所・間取りなどの知識を週刊誌等で得ていたことが判明。

裁判では犯人に懲役12年6ヶ月が確定した。
また、当時、『東京新聞』紙面ではこの誘拐事件が「子供が産まれた事を、自分の宣伝に使ったのが悪い」とし津川の自業自得であるかのような論調の記事が大きく掲載された。なお、『東京新聞』はこの件について津川の直接抗議にも関わらず一切謝罪をせず、当時の編集長が津川に対し「私はジャーナリストとしての信念を貫いた」と反論した上、読者投稿欄で「津川の自業自得」とする投稿を多数採り上げて掲載するという行動を取った。津川はこの件も影響して現在までジャーナリズムへの不信感を抱いている。

 

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事件について津川雅彦は…

 

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この事件を契機に、僕は何事にも真剣に向き合うようになり、人生は大きく変化することになった。誘拐犯はある意味、恩人と言ってもいいかもしれない。

娘の真由子が、もし役者の子でなかったら、こんな危険な日には遭わなかったはずだ。だから、これは役者だった僕に責任がある。娘には償いをしなくてはならない。

「よし、では彼女にとって世界一の父親になってやろう」そう決めた。

世界一になるための最高のライバルは、おっぱいをあげる母親だ。赤ちゃんを産んだ絶対的な存在、スーパーウーマンの母親を抜いて、父親の僕のほうをより好きにさせるのは至難の業だ。

そして、ひらめいたのが遊んでやること。

一緒に遊び、娘と笑顔を共有することで、僕は母親を超える存在になれるかもしれない。

一緒に遊べば娘の情緒も発達して、彼女の心を豊かにさせることもできる。

いざ遊んでみると、娘の要求は想像を絶することばかり。

これに合格点で応えるのはやはり至難の業。

それこそスーパーマンにならざるを得ない。当時は「パパ」と呼ばれるたび、娘が差し出してくるハードルの高さにビクビクしたものだ。

父親修業の末、やっと一人前になれたと思えたのは10年後のことだった。

 

ネットの声…

 

 

*まとめ*

 

津川雅彦

(画像:左から娘・真由子、朝丘雪路、津川雅彦)

有名人であるが故に起きた悲劇的な事件でした。

真由子さんが無事保護されたことは本当に良かったですね。

そして津川氏はこの事件を期に学ぶことも多かったようです。

真由子さんは現在女優として活躍されています。

 

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